2009年7月 4日 (土)

ねじれ花

Photo  毎年7月になるとお榊の花とともに見られるのが,写真の「ねじれ花」,別名「ねじばな」ともいうそうだ。花が螺旋状に捩れて咲くことからこの名がついたらしい。花言葉は『悶える心』らしい。coldsweats01背景に咲いているのは「松葉ボタン」。 庭の片隅に咲いていたのを母が鉢に植えたのである。

 私の住む地方では,道ばたに当たり前のように咲く野草だが,都会では珍しい花のようで,「道の駅」などでは,1株200~300円で販売しているところもある。

 身の回りに咲く花もよく目を凝らして見ると思わぬ発見があるものである。身近な事象のなかに「感動」と「感謝」を見いだす生活をしているとき,幸せは自ずから訪れるものなのかも知れない。

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2009年6月28日 (日)

夏越(なごし)の祭

Photo  今年も半年が過ぎようとしている。月日の経つのは早いものである。

 明日は授業参観日の振替休日ということなので,午後からこの地方の「一宮」へ参拝してきた。30日の「六月晦日大祓」に向けて,「茅の輪」が神殿のまえに設置されていたので,これをくぐって参拝。帰りに携帯で撮影してきた。

 昨年はこの地方を大地震が襲い,このお社も被害を受けた。震源が直下だったのにもかかわらず,それほど大きな被害ではなかったことは,やはり神様のご加護によるものか?

 帰りに同じ地区にある「火防の神」を祀る神社にも参拝。珍しい「蒔絵シール」入りのおみくじがあったので,家族の分もいただいてきた。それぞれ「招福・厄除け・幸運」の蒔絵シールが入っていて,みな満足。携帯にでも貼ろうかと話し合った。

 6/30は「夏越の大祓」の本祭。読者の皆さんも,近くの神社に行ってこの半年間の身の汚れをクリーンアップしてきては如何でしょうか?

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2009年6月20日 (土)

お榊の花が咲く季節「神様蜻蛉・三たび」

Photo 今年も我が家の庭に植えてあるお榊に蕾がつき始めた。一昨日帰宅すると,母が庭の手入れをしていたので,声をかけながらふとそのお榊を見るとまたまた,「神様蜻蛉(糸トンボ)」がお榊に葉にとまっていた。すぐに携帯のカメラで撮影したが,写りがあまりよくないので,確認できるだろうか?

 ここにお榊を植えて3年目。庭の土はいわゆる「山土」で,栄養分がよくないためか,根付かせるのに苦労した。石灰を混ぜたり,腐葉土を入れたりいろいろ工夫しながら,なんとか今年も新芽が出て,蕾の季節を迎えることができた。そこにまた神様蜻蛉のお出ましとは,なんと縁起がよいことだろう!やはり『類は友を呼ぶ』という引きつけの法則で,「神様の氣」を感じて寄って来るのだろうか?自宅にはこの他にも榊の木が何本かあり,我が家の神棚に奉納するお榊は,それらのお陰でいつも新鮮な緑で神聖な場所を彩ってくれる。しかし,神様蜻蛉が来るのは,いつもこの「本榊(神榊)」だけである。

 これから何かもっともっといいことが周囲に現れる!そんな期待に胸を躍らせながら,神様蜻蛉を拝んだことであった。

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2009年6月 7日 (日)

教育実習を終えて・・・。

 久しぶりの更新。約一月ぶりだろうか?実はこの1ヶ月間,「教育実習」を担当していたからだ。といっても私が実習生なのではなく,「指導教官」という立場だった。教壇に立って約20年にして初めての経験。4週間の実習を指導するという重責を担うことになったのである。

 実習生は大学4年の男子学生。この実習を終えたら「採用試験」を受け,それに合格すると来年度から正式に「教諭」として私たちの仲間入りをすることになる。そうするといきなり学級を受け持たされ,実習ではなかった校務処理や親や職員との人間関係にも苦労することになるが,今のご時世,新卒でも年収約500万だからやり甲斐プラス,生活にもゆとりがもてることになる。難関だがぜひ合格することを祈る。

 実習生の指導は,主に教科指導の助言である。要するに教育学部の大学生が今まで学んできたことを実践し,生きた子どもたち相手に初めて勉強を教えるのを見守る役目だ。もちろんまだ教員免許はないので,教諭(私)の指導監督のもとでない限り授業は行えない。喩えは悪いが,自動車免許でいう「仮免」の状況である。

 学生はかなり優秀であったが,いざ授業をするとなるとやはり緊張と経験不足のためか,しどろもどろで見ていられず,思わず声をかけてしまう場面もあった。しかしそこは教育学部の4年生。私の助言を素直に聞き入れると,めきめきと授業の“腕”が磨かれ,最後の4週目には,落ち着いて授業ができるまでになった。私にもあんな時期があったのだと懐かしく思い出しながら,懇切丁寧に指導助言をしてきたつもりである。

 最後の日,子どもたちとの「お別れ会」では,実習生も子どもたちも涙でボロボロになって,別れを惜しんでいた。担任としては複雑な思いながら,私は一歩引いて,その様子を見守っていた次第である。

 最後に「僕は必ず教職に就きたいという思いを強くしました。」という彼の言葉に4週間の苦労が報われた気がする。学生時代に教授から言われた言葉がよみがえる。

 「医師は人の命を見守り救うが,教師は人の“魂”を見守り時には救う仕事である」

 教育実習生の指導を通して,私自身も教師という「聖職」の重さとすばらしさを再認識した1ヶ月間であった。

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2009年5月 6日 (水)

愛犬の‘おもらし’

 ゴールデンウィークも今日で終わり,明日から仕事にもどる人も多いことだろう。くれぐれも「五月病」にならないように,気持ちの切り替えを行ってそれぞれの職場に向かいたいものである。

 さて,我が家には「部屋犬」のシーズー犬(仮称こん太)がいる。今年で14才になるから,人間だと80才を過ぎる年齢らしい。この「こん太」が最近家の中で‘おもらし’をして家族を困らせている。ちょっとした環境の変化や,気分のムラが原因で,犬のことに詳しい人に聞くと,飼い主に対する一種の甘えか嫌がらせのようだ。とはいえ,2~3年前までは,1日2回,朝晩の散歩で十分だった「用足し」の回数が,加齢のために増えたことは否めない。

 先日,遠方へ墓参りのため家を1日留守にしたときに一番心配だったのが,このこん太の‘おもらし’だった。家の中には「トイレシート」を何枚もセットし,万全のシフトを整えておいたが,やはり帰った後の家の中を想像すると家族一同気分がブルーに染まった。wobbly

 さて,約10時間あまりの‘彼’を留守番させておいて家に入って見ると,さほどの‘被害’はなく思えたが,どうやら車の音に気付いて感情が高ぶったようで,トイレシート以外の場所で大量に‘発射’。cryingほんの1~2分間に合わなかったのである。

 我が家では,この愛犬の‘おもらし’を「こん太のテポドン」といって警戒している。airplane

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2009年5月 4日 (月)

墓参

Photo  休日を利用して北東北にある母方の菩提寺へお参りに行った。自宅から片道約200Km。高速道路を利用した。写真は某サービスエリア。高速料金一律1000円ということもあって,普段の休日より3倍ほどの車の量で,人出もかなりあったが,心配していた渋滞は特になく,トンネル付近で時速70Kmくらいに速度を落とすことがあるくらいで,大きな時間のロスはなかった。こんなに人が動いていて何が“不況”か?!とふと感じた。やはりアメリカの身勝手とマスコミの誇大報道には辟易する。ちょっと横道に逸れたが・・・。

 菩提寺に着くと留守の住職さんに代わって,奥様が用意してくださった卒塔婆を手渡してくれた。今年は祖父の十七回忌に当たる。墓前に行くと一昨年,親族一同で参拝したときに私が置いてきた「舟形の香立」がぽつんと置かれていたことが妙に心を和ませてくれた。このお墓は昭和六年に曾祖父とその兄弟が立てたということを墓石の裏に刻まれた建立者名で確認された。「○○建之」という文字は読者も墓参の折,よく目にされるだろうが,「○○之(これ)を建てる」と漢文読みにするのが正しいらしい。

 お墓には花立ても香立てもないので,母が用意していったペットボトルに「アルストロメリア=夢百合草」を手向け,私が持参した香炉で沈香のお線香を焚いて「般若心経」を読経。母方の実家は日蓮宗なので,“得意”の「如来寿量品」を私が読んだ。

 ちょうどお墓の隣に植わっている八重桜が満開で風情を添えてくれていた。

 帰路も高速は普段より交通量は多かったものの,渋滞にはぶつからず,順調に帰宅できた。往復約400Kmの走行にもかかわらず,疲れを感じなかったのは祖父母とご先祖様が喜んでくださっている証かな?と感じた墓参の1日であった。

                                          合 掌

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2009年4月29日 (水)

穏やかな「昭和の日」

 今日は「昭和の日」。ここのところの強風や大雨,花粉の飛散も収まって,穏やかな日だった。巷では,「新型インフルエンザ」の世界的流行が懸念されているが,これ以上の感染者や犠牲者が増えないよう万全の施策を望む。それでも「大流行」が起きたとしたら,それは大自然の摂理なのだろう。人間も自然界の一部であるから,時に大きな“浄化作用”に巻き込まれるのだ。その一つは人災である“戦争”だが,これは人間の英知と努力でなんとか回避できる。現今の各国首脳は,起こせば共倒れと分かってる戦争への道を再び選択することはないだろう。もう一つは,“疫病の流行”。これは人間の英知と努力だけではどうにもならない部分がある。もし「新型」が世界的に流行し,「パンデミック」が起こったら,それは人類の新たな進化の過程における摂理と受け止めるしかないかも知れない。

 だから,せめて私たちは信じ,祈ろう。大自然の“浄化”の働きを待たずとも,人類は自らの智慧と努力でさらなる向上・進化の道を歩み,大自然=神様の御心に近づくことができるということを。

 昭和天皇様もきっと神界から見守ってくださっていることだろう。感謝,合掌。

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2009年4月 3日 (金)

“念”で迎撃!

Photo  首都圏ではもう,桜が満開だというメールが友人から届いた。写真は都内のある公園の桜。その友人が昼休みに写メールで送ってくれたものだ。

 桜がこれほど愛でられるのは,その美しさだけではなく,散り方が潔いからという。

 “散り際”というのは,どんなものにも人にもいつかは来るものである。そのとき,見苦しいのはよくない。

 ニュースでは,この“散り際”に差し掛かっている国の「見苦しい断末魔の足掻き」ともいえる“ミサイル”の話題で大騒ぎだが,まず心配はいらないだろうと私は考える。おそらく,スピリチュアルな生き方をしている人々は,この「ミサイル騒ぎ」が調和的に終息することを祈っているだろう。私もその一人で,ここ数日は祈りをそのことに集中している。中には,「誤爆しろ!」とか「支那大陸に落ちて共倒れになれ!」とか思っている過激な吾人もいるかも知れないが,それは正当な祈りではない。一番よいのは,こんな子供が地団駄踏んでいるようなみっともない計画を“北”が中止することなのだが,それは期待薄だから,せめて「被害がないように」と祈ることが真っ当な祈りと言えよう。

 

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2009年3月25日 (水)

くろぶち眼鏡

 最近の流行か,“黒縁の眼鏡”をかけている人が多いように感じる。私が子供の頃には,この黒縁眼鏡がごく普通だったが,銀縁眼鏡が流行して来るにつれて,「黒縁は格好悪い」という見方をする傾向が強くなって,黒縁眼鏡をかけているとバカにされたものである。

 私は高校を卒業したころから眼鏡のお世話になっているが,始めは流行に合わせて銀縁をかけていた。そのうちこの“銀縁”も「インテリ臭い」と評判が落ちたため,茶色の縁,縁なしといろいろ変えて,今はもっぱらチタン合金の縁でレンズの下方をテグスで釣った軽い物を愛用している。

 「眼鏡は顔の一部です~♪」という有名なCMソングがあったが,自分に合った眼鏡を探すのはけっこう至難の業だ。だが,やはり私は機能性を重視したい。黒縁は確かに流行に乗っているかも知れないが,縁が視野を妨げて見づらいのである。また,あまり幅の狭いレンズのものも矯正視力範囲を狭めてしまい,眼鏡としてはあまり役に立たないのである。

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2009年3月21日 (土)

沈丁花の咲く頃

Photo  年度末の仕事も峠を越えて一段落。catface久々に更新する時間がとれた。

 今はちょうど春のお彼岸だが,我が家には“花粉症患者”が二人もいるので,毎年春の彼岸のお墓参りは失礼させていただいている。菩提寺の山は杉の山で,ここへ行ったらお墓参りどころではないからだ。まったくこの花粉症というのは厄介なものだ。聞くところによると,花粉症による経済損失は一千億円を超えるらしい。せっかくいただいた「定額給付金」とやらも,花粉症患者二人分の医療費で消えてしまいそうだ。しかし,この時期の花粉症は“黄砂”との相乗効果?もあるそうだから,一概に杉だけを悪者にするのは気の毒かも知れない。

 同じ花でも,ベランダに咲いた「沈丁花」は春の訪れを感じさせる芳香を放ってくれている。もうかなりの老木で,昨年は蕾のうちに枯れてしまい,「もうダメかな?」とあきらめかけていたが,枝葉がまだ生きていたので土を入れ替えたら,今年は4つの蕾ができて,真冬の厳寒に耐え,みごとに花を咲かせてくれた。

 沈丁花の香りで思い出すのは,卒業式の季節だ。あの甘く切ない季節は遠い昔のことだが,今はそんな想いを胸に巣立つ子供たちを見送る立場に立っていることが,なぜか不思議に思う。この春,学舎を巣立っていった子供たちや学生たちも,いつかこの沈丁花の香りとともに,希望に満ちた“春”を思い出してくれるだろうか。そして,この麗らかな春の香りは,辛く厳しい冬を耐えた証であることをいつの日にか分かってくれることを願う。 

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2009年3月 8日 (日)

午後のドライヴ

Photo  年度末を迎え,何かと気ぜわしい日々が続いてる。そんな休日のひととき,リフレッシュをしようと午後から1人でドライヴに出かけた。目指す場所は2年前に訪れた小さなお堂。ここには“辰年・巳年”の守り本尊「普賢菩薩」が祀られている。歴史はかなり古く,1,600年代前後の建立と由緒書きに記されていた。

 2年前に訪れたのは,巳年生まれの祖母の3回忌近くだった。そのときはちょうどお堂の改築工事中であったことをこのブログにも書いた記憶がある。此度の訪問は新しくなったお堂を拝したかったことと,祖母のためにも“御札”を手に入れたかったという理由があった。また,今私が受け持っている学級の子供たちが皆“巳年生まれ”ということで,その子たちの健やかな成長を祈念したいという気持ちからでもあった。

 静かな里山の田圃の中にポツンと小高い丘があり,その頂上に厳かに建つ小さなお堂。そっと中を拝すると,六牙の白象に乗った普賢菩薩像の掛け軸が奉納されていた。ささやかなお賽銭を賽銭箱に入れ,「南無普賢菩薩,オンサンマヤサトバン」と小声で祈りの言葉を捧げ,祖母の冥福と子供たちの幸福を祈念した。

 境内には○○町教育委員会と末尾に書かれた由緒書き以外何もないので,御札をどこで手に入れようかと困っていたが,帰り道に地元の農家さんに寄り,呼び鈴を鳴らすとちょうど生前の祖母のような雰囲気のお婆ちゃんがいらして,笑顔の中にもやや怪訝そうな顔で応対してくださった。そしてわけを話すと快く“御札”を頒けてくれた。このお堂を管理するお寺はかなり遠くにあるらしい。でも,新しいお堂を建てたときに1件に何枚かの御札をいただいたそうで,そのうちの1枚をいただくことができた。タダでいただくというわけにはいかないので,先程のお賽銭の約10倍(といっても数百円だが)をそっとおいて,恐縮されるそのお婆さんにお礼を言ってこの静かな里山を後にした。

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2009年2月24日 (火)

ありがとうね,また会おうね!

Photo  今日は母方の祖母の命日なので,母と一緒に母方の先祖代々の宗派「日蓮宗」のお経である「法華経」の「如来寿量品」を般若心経の後に読んで,祖母に感謝の供養をした。

 祖母のことについては,かつて記事に書いたが,優しかった祖母の思い出と感謝の気持ちは尽きることがない。お経をあげていると祖母の顔が瞼の裏に浮かんできて,思わず込み上げてくるものを抑えきれなかった。

『肉体はいつかは消える。けれども魂は永遠に生き続ける。』

そう頭では理解していても,親しい人がこの世からいなくなることは,やはり切なく寂しいものだ。けれども,魂の永続性を信じているのなら,いつかまた会える時が来る!そう信じたい。私たちが‘この世’での役割と修行を終えて,無事この世を‘卒業’したらきっと会いに行こう!その時に胸を張って「俺も頑張ったよ!」と言えるように,今与えられている「生」を精一杯生き抜こう!そうあらためて思った。仏壇には,祖母が生前好きだった「お刺身」を母がいつの間にかそっと供えてあった。

「おばあちゃん,ありがとうね。そして必ず,また会おうね!!」

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2009年2月 3日 (火)

The way to do is to be.

Photo  タイトルの英文は,アメリカにおけるカウンセリングの創始者「ロジャース」の言葉である。私の‘座右の銘’の一つだが,みなさんはこの英文をどう訳すだろうか?

 つい先程,日課の‘先祖供養’をする前に母が「さだまさしがテレビに出てるよ。」という言葉につられてついテレビに見入ってしまった。有名な「償い」というさださんの歌とそれにまつわるエピソードを紹介する番組だった。誤って交通事故で人をひき殺してしまった青年のその後の‘生き方’をこの歌はうたっている。私の好きな作品の一つでもある。あらためて聞きながら,涙が滲んできた。ご存じのない方はどうぞ,リンクをクリックしてじっくり聞いてみていただきたい。

 人は過ちを犯す生きものだ。また,自分に対する過ちを許せないこともしばしばある。が,そのときどう対処するかでその人の真価が問われる。そう思う。

 だから,私はどんなときでも「純粋な心」で人生の諸事に対処してきたいと思っている。

    What kind of way of life do you want to carry out?

 

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2009年2月 2日 (月)

もうひとつの‘節目’

 私が今の仕事を始めてから,もうすぐ満18年の節目(せつもく)を迎える。私の本業はプロフィールに英語で書いてある通り,「小学校教諭」で「地方公務員」でる。その当時はまだバブルが弾ける直前で,世の中の景気はよく,民間企業の‘準社員’だった私はいわゆる「脱サラ」組ということになる。そんなご時世だったゆえか,職場の上司には「夢をもって頑張るのもよいが,少しは現実というものを考えろ!」「テレビのドラマのようなわけにはいかないのが現実の人生だぞ!」などと言われたものである。「お前なんか絶対に‘先生’なんかつとまらねぇよ!」と悪口を言われることもしばしばだった。その度に私は唇を噛みしめて耐えてきた。bearing もちろん,私の夢を応援してくれる同僚もいて,その人とは今でも便りのやりとりをしている。

 採用試験の面接でも,「公務員は民間に比べて給料が安いですが,それでもいいのですか?」と問われたくらいだから,当時の景気のよさがうかがえる。今では,公務員といえば羨望の的であるから皮肉といえば皮肉なものである。兎角,世の批評というものは‘虫のよい’ものだ。

 今でも時々あの‘苦学生’だった頃の夢を見る。“ああ,俺の将来は一体どうなるのだろうweep・・・”そんな不安にいつもおののいていたあの時代。でも,夢だけは捨てなかったし,それが努力を継続せしむる力となっていた。

 「あきらめなくてよかった!!」そして,「神様を信じて努力してよかった!!」と,心から思う。人がなんと言おうが,なんと批評しようが,自分の夢と信念を持ち続けて努力するも者に神様は必ず味方をしてくださる!これはまぎれもない真理なのだ!!

 『心だに まことの道にかないなば 祈らずとても 神や護らん』

            ー菅原 道真ー

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2009年1月30日 (金)

般若心経を暗唱できますか?

Hasu26m 今日のこの記事が本ブログでの201章目になる。新しいステージに入ったところで今日は何を書こうかと考えていたら,大切なことを書き漏らしていたことに気がついた。それは,私が日課としている“行事”についてだった。“行事”というよりは“感謝の行”といった方が適切かも知れない。

 私は毎晩,母と一緒に仏前で「般若心経」をほぼ決まった時刻に唱えている。つまり「先祖供養」である。この習慣は1人暮らしをしていた頃からもう20年以上も続いている。特に父が他界してからは,よほどのことがない限り欠かした日はない。

 先祖供養というと何か大袈裟なことをしなければならないと感じる人も多いと思うが,そんなことはない。要するに「みなさまのお陰で私たちが今ここに生き,存在しています。ありがとうございます。」という気持ちを送ればよいのである。そのような“念”を常にもっていればよいことではあるが,日本ではご先祖様の多くは「仏教」を信仰してきており,「般若心経」には仏教の教えのエッセンスが説かれているのであるから,それを読んでさし上げるのが一番無難な家庭でできるご供養になると私は思っている。私の友人にクリスチャンがいるが,その方は「キリスト教は先祖供養をしないことが唯一の難点だ。」といって毎晩仏教のお経を聖壇(キリスト教の仏壇)にあげているという。なかなか柔軟な考えのクリスチャンとして,私は尊敬している。

 般若心経の説明については,一般的によく知られているし,リンクをしてもらえばその説明が書いてあるので,ここでは省くことにする。ただ,このお経を暗唱できる人は守護されるという。また,何か大きな願い事がある時には,“21回”読むとよいということを聞いたことがある。

 毎日の供養では,般若心経が終わった後,「延命十句観音経」を唱えて“行”を終えることにしている。観音様のご縁日は18日なので,これは“18回”唱えると御利益があるということだ。

 といっても,「御利益」は二の次の問題であって,ご先祖様や故人に感謝を気持ちを捧げるということは,当たり前のこととして尊びたいのである。その一つとして私はこの2つのお経を毎日唱えている次第である。

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